2 急行新逗子行きにて

「ねえねえ!おにいちゃん、この人も電車の運転手さんなんだって!」
 愛香が指し示したその先、「専任の乗務員ではないのですが・・・」と少々困ったような表情を浮かべているのは、どう見ても雄大より年下の一人の少年だった。
「きみは一体・・・?」
 幼さの残る声だが落ち着いた口調の少年に、愛香が言う【電車の運転士】と言うイメージとは程遠い姿に戸惑いつつも、雄大は尋ねる。
「あ、これはすみませんでした。」
 少年は青を基調としたジャケットのポケットより一枚の紙片を取り出し、雄大へ丁寧に差し出した。
「相武電気鉄道・・・、浅間森電車区検車班・・・?」
 渡された名刺を確認するようにゆっくりと読み上げる雄大。
「はい、相武電鉄の当麻 楓里と言います。」
 たしか神奈川県北部を走る小私鉄だったことを彼は思い出した。
 楓里は、そこで鉄道車両の検査と修理を担当している部門に属しているのだと説明する。雄大の思ったとおりの答えではあったが、その業務にこの自分より若く見える楓里が就いていると聞くと、どこか違和感を感じてしまう。
「これでも、20歳半ばなのですよ。」
 やはりその外見から未成年によく間違えられるとのこと。ひどいときには小学生に見られることもあるそうな。
 それはさておき、彼の話によると、確かに検車班に属しているものの、朝夕のラッシュ時や季節輸送などでは人手が足りなくなってしまい、楓里のように運転資格を持っている人間も借り出されるそうだ。

「なあんだ、本物の運転士さんじゃないんだ・・・。」
 雄大は愛香に今聞いた話を分かるように噛み砕いて話すと、彼女はがっかりしたような声を上げた。
「愛香ちゃんは、電車の運転手さんが大好きなのですね。」
 目線を合わせるよう腰を下ろして話しかける楓里へ、愛香は元気に答える。
「うん。大好き! ね、お兄ちゃんも好きだよね?」
「え? うん・・・。」
 突然、話をふられて、思わず雄大は頷く。
「ね、お兄ちゃん、もうすぐ『けーきゅうー電車』の運転士さんになるんだもんね!」
「あっ、いや・・・。」
 まるで決まったような愛香の言葉を慌てて訂正するように、雄大は大学卒業後はこの京浜急行で列車運行に携わる仕事・・・、運転士として働きたいこと、まもなく開催される会社説明会に参加することなどを楓里に話した。
「そうですか・・・。」
 異なる会社とは言え実際、自分が目指すものに関係する職業に就いている人間へ将来の夢を語るのは、何故か笑い飛ばされそう気がして、雄大はどこか気恥ずかしい感じがした。
 しかし、楓里は何するでもなく雄大を見ている。
「電車の運転士になったら、どうするのですか?」
「えっ?」
 あまりにも何気ない調子で問いかける楓里の言葉。
 問われている言葉の意味は分かる。が、雄大はすぐにそれに対する答えを返せなかった。
 彼は、ゆっくりと立ち上がろうとする楓里の姿をただ見ているだけだった。

『まもなく、金沢文庫です。金沢文庫を出ますと、次は金沢八景に止まります。』
 馴染みの案内放送に合わせるように電車のスピードが急速に落ちてゆく。
 やがて、ドアが開くと音と共に駅の喧騒が車内へと流れてきた。
 それも少しのことで、エアの音ともにすぐに車内には元の静けさが戻る。
 軽いショックと共にホームを離れる電車。
 正面には金沢文庫の車庫、ラッシュ帯の運用を終えた車両たちが思い思いの位置で休んでいるが見える。
『おまたせいたしました。急行の新逗子行きです。次は金沢八景です。』
 それほど距離の無い次の駅へ電車はゆっくりと進んでゆく。

「ほら、あれ・・・。」
 楓里は先程の問いかけなど忘れてしまったかのように、雄大と愛香に進行方向の右手を指差した。
 道路を挟んだ向こう側にある工場の塀の中、電車の屋根のようなものが見える。
「あれ、自社の車両なのですよ。」
 楓里たち相武電鉄検車班員は、この車両工場で製作されている新型車両の最終チェックをしに行くところだという。
「60年ぶりの新車なんです。せっかくなのですから、大事にしていきたいですから。」
 そう笑顔で話す楓里に、彼の職場と職務に対する愛着を雄大は何となく感じていた。

『まもなく金沢八景です。この電車は金沢八景を出ますと終点、新逗子まで各駅に止まります。横須賀中央、堀の内、浦賀、久里浜方面へお出での方はお乗換えです。』
 ここで乗り換えるの乗客もいるのか、車内の空気が微かに揺れ動く。

「それでは・・・・、就職試験、頑張ってくださいね。」
 そう一言、楓里はその場に置くと電車を降りてゆく同じ姿の一団にまぎれる。
「おにいちゃん! バイバイ!」
 目の前で元気いっぱいに手をふり続ける愛香と、それに応じるように作業帽の左右からひょこんひょこんとはみ出した髪の房を揺らしてホームを歩き去る楓里。
 そんな二人を見ながら、心に引っかかったあの問いを思い起こした。
『電車の運転士になったら、どうするのですか?』

第3話 夢の今、夢の将来 へ

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