9 新たな季節

 12月3日
最近、暖房が恋しくなってきた。生まれてこの方暖房なんか使った覚えが無いがいつまでも電車や店舗の中で暖をとるわけにも行かない。そう思わせたのは、愛香に対する思いからだ。学校の帰りに、愛香を背負いながら電気屋まで向かった。
「お兄ちゃん、これ!」
俺の背中で愛香は指を差す。その先はなぜかビデオデッキだった。
「あれはビデオ。テレビ取るやつ。」
「そうなんだー。」
ストーブとビデオデッキの区別がつかないぐらいのところがかわいい。
 早速、一番安いやつを買ってきた。6畳1間の家に電気ストーブの暖かい光が灯っている。今日から愛香が「寒い寒い」と言わなくなるので一安心だ。
 19時以降になると愛香を寝かせるのが日課である。やはり暖房が効いているせいかいつもより早く眠りに入った。しばらく、愛香の顔に見入っていた。まだ幼いふっくらとした頬がなぜか俺をそそる。思い起こせば今年の4月、あの時出会わなかったら今頃俺は今をどう生きていただろう。俺はよく他人からも自分でも冷たい奴だと思われている。事実、他人のことなんかどうでもいいし他人から干渉されるのも嫌いだ。でも今の俺は愛香無しでは生きていけないと思う。そんな自分が人間らしく、また情けなくも感じた。。こんな俺を愛香はどう思っているのだろうか。もう星も出ている冬空に向かって聞いた。でも当然、答えは返ってこなかった。当人のみが知ることなのだから―

 月明かりで少し明るくなった頃、愛香が起きだしてきた。
「まずい。」
泣くかもしれない。しかし、珍しく泣くことも泣く起き上がってこちらに来た。
「お兄ちゃんと一緒に寝る。」
6畳の狭さでも端っこと端っこにいるだけで愛香は遠く感じるようだ。
「おいで。」
愛香を抱きとめる。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
「お兄ちゃん、あったかい。」
俺は正直、驚いた。もちろん愛香は俺の体温のことを言ったのだろうが俺は冷たい人間(体温ではなく心や性格)としかいわれたことが無かったので変に受け止めてしまったがそれでもうれしかった。その言葉を、待っていたのかもしれない。そんなつもりは無い。でも、自分でもよくわからない。俺は今まで愛香にできる限りのことを尽くしてきたつもりだ。それが吉と出るか凶と出るかはわからないが…。

9話続き


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