34 風と共に

 「雄大くんの事…大好きです…。」
「…実結。」
「ずっと、ずっと好きだった…雄大くんが忘れちゃった、ずっとずっと前から、大好きだった…。」
「だから、ずっと一緒にいて下さい…。」
 …実結。何故実結は其処まで俺の事を想うんだ?確かに、俺も実結の事が嫌いだと言ったら嘘になるかも知れない。でも、俺たちが出逢ってからまだ2ヶ月しか経ってないんだぞ。それに、"昔から好きだった"って、俺は何も覚えていないんだ。何も、何も知らないんだ。今の俺は、あんたの知っている戸部 雄大じゃない。
「…もう、忘れてくれないか。俺は、あんたの想っている戸部 雄大じゃない。俺、何も知らないんだ。」
発した言葉は、2人の口を閉ざさせた。実結の瞳から、澄み切った涙が落ちていった。
「…そうだよね。みんな…忘れちゃったんだよね。もう、大人だもんね…。」
実結は、一人そういい残し、夜の北品川へと消えていった。
 俺だって実結と一緒に居たい。それは、紛れも無く今の俺の意思だ。でも、あんたが幾ら俺の事を想い続けていたとしても、ずっと一緒に居られる訳じゃない。きっと、いつかは離れ離れになる時が来るんだ。頼れる人も、信じれる人も、愛する人も、夢も希望も無くなって…其処から立ち直るの、大変なんだぞ。だったら想われない方が良い。愛されない方が良い。
 それでも、俺は心にぽっかりと大きな穴が開いたような、何か大切なものを失って残ったのは抜け殻のような仮面の俺なのに…。

 「実結ちゃん、帰って来ないね。」
愛香は、窓の下から実結帰りを待っていた。何も知らない清楚な少女は、2週間で家族同様となった女性の帰りを、夜の街からずっと眺めていた。
「愛香、もう寝るぞ。」
「でも、実結ちゃん…。」
心配をする愛香に、俺は事情を説明する。
「もう、実結は帰って来ない。」
部屋の中に残された実結の品々だけが、虚しく彼女の存在を示していた。

 「愛香…。」
「…寝たか。」
小さく柔らかい頬に触り就寝したことを確かめて、小さく呟いた。
「俺だって、一緒に居たい。実結の事…好きだ。でも、仕方ないだろ?こうするしか…無いだろ?」
物言わずすやすやと眠る愛香を見て、急に実結が心配になってくる。あの時フラフラと何処かへ行ったきり未だ帰って来ない。真夜中過ぎて、実結は何処へ行ったんだ?
 俺の足は、無意識の内に実結を探していた。

 「ヤシオ」も北品川の駅も、東八ッ山公園もアウト。探し回る内に、実結への想いが次第に強まってくる。後悔が次第に強まってくる。何故、俺はあんな事を言ったんだ?何故、素直になれなかったんだ?……実結…何処に居る?…お願いだ。返事、してくれ。声、聞かせてくれ。実結の…声が聞きたい…。
 天王洲橋を渡る。下を見ると、小雨が川面に打ち付けてミステリアスな紋様を醸し出している。ふと、嫌な予感がする。

  −もう、手遅れかもしれない―

34話続き


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