演奏が始まった瞬間、2,3人からのささやかな拍手。
俺に当たるスポットライト、ならぬ直射日光。
かの日本武道館には程遠い郊外の静かな駅前で。
今日も俺は歌い続ける。遥か彼方の大空へ―――。

 
 空へ、君へ


 
君と初めて出会ったのは、君が転校して来た日だった。
その日も学校は荒れに荒れていた。タバコの煙、割れた窓ガラス、携帯の着信音、倒された教卓……。
あまりの酷さに君は半分泣いていた。
君の席は空いていた俺の隣になった。

荒れた学校の中、強がっていた俺も、根は弱い人間だった。
たった数回の会話で君にはそのことを見抜かれてしまった。
そんな俺に君は笑顔を見せてくれた。
ほんの一瞬の微笑み――しかし、それは俺にとっての永遠に等しかった。
俺は君に引かれていった。

 
一ヵ月後、君は俺の家に遊びに来てくれた。
君は雑然とした俺の部屋を見て、
「一緒に片付けよっか?」と微笑みながら言った。
掃除中、君は古い雑誌の下からギターを見つけた。
「これ……あなた弾けるの?」
そのギターは中学生の頃、友達と遊びで買ったものだった。もう一年以上も使っていなかった。
「少しぐらいなら……弾けると思うけど」
俺は下を向きながら小声で呟くようにして言った。
ふと見ると、君は俺に尊敬の眼差しのようなものを向けていた。そして一言、こう言った。
その言葉は、なぜかわからないが俺の中に強く響き渡った。
 ――あなたの歌、聴いてみたいな――

 
結局、この言葉は君が俺にかけた最後の言葉となってしまった。
その三日後、君は果てしなく遠い空へと旅立って行ってしまったのだから。

俺は君の葬式に参列できなかった。
君の母は言っていた。
不良なんかとうちの子は関係ない、と。

君の死因を知ったのは数週間後だった。
――白血病。
悔しかった。信じられなかった。君の死が。
しかし、否応なく襲ってくる君がいないという孤独感。
たった一ヶ月で、君が俺の中でこんなに大きな存在となっていたなんて――。

ふと、俺はあの言葉を思い出した。
俺に最後にかけてくれた言葉を。
 ――あなたの歌、聴いてみたいな――
あの時、君は自分の運命を知っていたのかもしれない。もう助からないことを知っていたのかもしれない。
それでも……
それでも、君は俺の歌を聞きたがっていた。一生懸命に生きようとしていたんだ。

俺は叫んだ。心の底から、叫んだ。
俺が今、君のために出来ること。それは追悼なんかじゃない。
歌うこと。空に、あの果てしない大空に向かって歌うこと。君へ向かって歌うこと。

 
そして俺は今日も歌い続ける。
雨の日も、風の日も、嵐の日も。たとえ
君のために、遥かな大空に向かって歌うんだ。
さあ、聴いてくれ。今から歌うから。
届け、俺の歌。 ―――空へ、君へ――――


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