!? ここはどこだろうか・・・。
ざわついている都会の真ん中に人々の雑踏が聞こえる・・・。
まぁ、いいか。もう一眠りしよう―
1995年 4月28日
1 都市の朝焼け
ジリジリジリジリ・・・・・・・・と音の鳴るものを叩き自分のみ身の上にある厚ぼったい布を本能的に取る・・・ 一日本人が目覚めのときに行う「儀式」である。
そして今、戸部雄大(とべ ゆうだい)という男もこの動作で朝を迎えようとしていた。人によってはこの動作が愛人または同居者という場合も多いが彼は生まれてこの方そんな経験をしたことがない。というか覚えていない。誰もいない自分の家の中にカップ麺が一つ置いてある。無論、これは彼の朝食である。そして彼は眠そうな顔をしたままそのカップ麺にお湯を注ぎ3分もたつと食べ始めた・・・。
念のために説明しておこう。この男、つまり戸部雄大は18歳の大学生である。彼には過去の記憶がない。というか覚えていない。世間一般に言う記憶喪失である。覚えていることといえば、
「昔から鉄道が大好きで、京急の運転士を目指していた」
「昔以前は東京都江戸川区清新町に住んでいた」
「ゆりあちゃん」
の3つである。1つめはよくわからないが、とにかく鉄道が大好きだった。2つ目はぼんやりと覚えていてマンションから区のマークのある運動場が見えたことを記憶している。最後は名前だけであるがこの名前から行くと女性の名前であろう。記憶がないとは言うものの学力は相当なものであって、彼が今年入学した大学も6大学に数えられるほどであった。
彼の家から700mほど離れているJR品川駅(最寄は京急の北品川駅)まで歩き山手線で渋谷に行く。そして京王井の頭線に乗り換え明大前で下車する。これが彼の通学路である。彼はここの所一ヶ月近く、こうして大学まで通っていた―
4月28日、彼はいつものように大学に向かいいつものように帰宅する。はずだった。
「疲れた。」
と一言ぼやくとなんとなく歩くのも面倒だから京急に乗ろうと品川のホームに入りその先端まで歩いた。
「?」
ホームの先端に幼い子供が一人立っている。辺りを見回しても親らしき人や家族らしき人もいない。その子供は一人で外出できるほどの年齢ではなさそうだ。おそらく2、3才であろう。よく見ると少女であった。三つ編みにしたまだ幼いかわいい少女だった。
「今度の一番線の電車は 快特 京急久里浜行きです。黄色い線の内側に お下がり下さい。この電車は 当駅を出ますと次は 京急川崎に止まります。 プツッ。 一番線に到着の電車は快特京急久里浜行きです・・・・。」
少女は泣いていた。 こんなに騒がしいホームにいてもわかった。別段彼女が大きな声を上げて泣いているわけでもないし、目立つ行動をとっているわけでもなかった。何となくわかったのである。彼は近づいてこう声をかけた。
「どうしたの?」
なぜだかわからないが昔から正義感の強い性質(たち)だった。彼女は嗚咽の声の中で続けた。
「お父さ んとお 母 さん が青 い 電車にね のっ て どっかい っちゃた・・・」
話を聞いているうちの少女の言いたいことがわかってきた。つまり、少女の両親は少女を残して去った。ということだ。彼はさらに質問を続けた。
「青い電車ってどんな感じだった?」
「銀色で、窓の周りが青くて、ギザギザしてて、前がカクカクしていて・・・」
北総開発鉄道7000形だ。間違いない。彼の頭はフル回転した。現在時刻は15時28分。北総者運用のN運用は一番時刻が近いので品川15時03分発、急行 羽田行き、列車番号は1461N。彼は質問を続けた。
「青い電車が出たのはいつごろ?」
「3時ぐらい。」
1461Nだ・・・。
「ちょっとお兄ちゃんについてきて。」
彼女を抱きかかえるとまもなく電車が来た。
「まもなく 京急蒲田〜 けいきゅう〜 かまたぁ〜 です。」
京急蒲田のホームで羽田行きを待つとき、俺はいやな予感がした。
―彼女を捨てたんじゃ―
そんなわけない。と、自分に言い聞かせた。そして、羽田に着き、空港までいくと羽田空港の数少ない国際線が飛び立っていた・・・。
「そんな ばかな」
俺はしばらく頭が真っ白になった。その時間は脈を打つほど早かったかもしれない。1時間かもしれない。
「ねぇ、お兄ちゃん。リュックの中にこんなものが・・・」
その一言でわれに返った。そして、彼女の持っている封筒をおもむろに破ってみた。中から万札が10枚と手紙が出てきた。手紙にはこう記されていた。
この子を受け取ってくださった方へ
前略、私たちは一身上の都合、この子を置いて旅立たなくてはなりません。
〜
この子の名前は馬堀愛香(まぼり あいか)といいます。11月18日生まれでいま2歳5ヶ月になります。どうかかわいがってやってください。
〜
リュックの中に10万円を入れておきました。少ないですがこの子の育児費に使ってください。では、さようなら。
馬掘愛香の両親
「!!」
俺の頭の中にさまざまなことが駆け巡った。捨て子、孤児、亡命・・・・・・・これから俺はこの子を養っていかなければならない。
俺はまた、立ち尽くしてしまった。
「どうしたの?お兄ちゃん。」
彼女の優しくて純粋な瞳が宝石のように輝いて見えた。
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