10 差し込む朝陽

 「まさか、そんなはずはないか。」
あくまでさっきのは夢である。現実とは到底結びつかない。俺はまた、目を閉じて眠りについた。

 品川の海のにおいと、直線的な朝陽が今日の朝を彩った。また今日から忙しくなる。
「ほら、朝だよ、起きろ。」
「んー。おにーちゃーん?まだねるー。」
しばらくすると愛香は勝手に起きだしてくる。その間に愛香の朝食を用意する。
「おにーちゃん。おはよう。」
まだ少し寝ぼけているせいか言葉があいまいである。
「ご飯、できてるよ。」
「うん。」
卓袱台の前に愛香を座らせて、その横に座る。
「はい。お口開けて、あーん。」
こんな幹事で毎日食べさせているのだが時折、少し恥ずかしさを覚える単語も使わざるを得ない。
 しばらく、ごはんを食べさせてあげていると、
「お兄ちゃんは何でいつもご飯食べないの?」
と聞く。これは紛れもない事実である。俺はバイトの給料だけで愛香を養わなくてはいけないため自分の食費など、愛香にかかわらない物事をすべて節約している。食事は1日1回が普通であった。そんなことを愛香に言えるはずがなく、しばらくうつむいて考え込んでしまった。幼い愛香にどう言えば、どうやってごまかせばいいだろうか・・・。
「俺、学校行ってから食べてるんだ。」
「ふーん。」
当人は普通に見ただけなのだろうけれど、なぜか愛香の視線が冷たく感じた。「この幼さで気づくはずはない。」と自分に言い聞かせ、食事を終えた愛香の食器を片付け始める。
「じゃぁ、今日もアパートの誰かのところでお留守番してて。」
「うん。」
「じゃあね。」
ドアを少しやさしく閉めた。冬の空気が、俺をいたるところから攻めてくる。

 「うっす。戸部。どうよ最近。」
昼休み、大学のベンチで俺に対してこう聞かれた。こいつは俺と同期の猿橋である。
「別に・・・。」
「俺さぁ、昨日思い切って上田に告白したんだよ。」
上田というのは俺たちよりも1つ年上の女らしいが俺は見たことがない。猿橋はその上田という奴に取り付かれたかのごとくメロメロになっている。
「・・・・。」
「でさ、続き知りたい?」
「別に・・・。」
「まぁいいや、お前だから特別に話してやるよ。"好きです"って言ったら"ごめんね"って言われてよ・・・。」
「だから、それがどうした。」
「だからさ、俺、これからどうやって生きていけばいいんだろ・・・。」
「知るか。そんなこと俺に聞いてどうする。他人の不安なんて聞かされたって俺はどうすることもできないだろ。」
「そんな風に言わなくてもよぉ。」
「・・・・。」
"他人の荷物は持ちたくない"俺はいつもそう思っている。俺は自分のことだけで精一杯なんだ。別に傷付けるつもりで言った覚えはない。
「お前、冷たいな。」
「悪かったな。」
学校は嫌いだ。到底理解できそうにない人間が意味不明な生き方をしている。早く卒業して終わらせたい。同年代の人間と話すことほどいやなことはない。

 家に戻ると、愛香はまだ帰ってきていなかった。
「誰のところで留守番してるんだろ。」
そうつぶやいて立ち上がりかけた。その時、あたりが急に真っ暗になった。俺は布のように頼りなくその場に倒れこんだ。

「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「?」

「私が帰ってきたらお兄ちゃん倒れてた」
そうか、貧血か何かで倒れたのだろう。と予想がついた。
「う、うん。大丈夫。」
「どうしたの?」
「なんでもない。心配かけちゃってごめんね。」
「うん。」
愛香は沈んだ返事をした。きっと幼い愛かなりに心配してくれたんだと思う。いつもは面倒を見ているつもりだったのになんだか助けられてしまった。
 心配かけてごめんね

 「そんなんじゃけーきゅーの運転士さんになれないぞ。」
愛香はさっきとはうって変わって明るく言った。この台詞、どこかで聞いたような気がする。遠い昔、誰かが俺に言ったような気がかすかに・・・。いや、やめておこう。過去のことはいくらがんばっても思い出せるはずはないのだから―
「赤い電車、"けーきゅー"って言うんだよ。知ってた?」
「ああ。」
「なーんだ。知ってたんだ。じゃぁお兄ちゃんは"けーきゅー"の運転士さんになるの?」
「うん。絶対。」

 その決心は固かった。知らぬ間にできていた俺と愛香の愛情のように。俺が京急の運転士になって、俺と愛香の夢を叶えるんだ。昔からの夢だった。うたかたとなってしまった俺の過去からの希望だった。そして何よりも、愛香の笑顔が見たいから―

 俺は、その日から真っ赤な京急のように燃えていた。京急の運転士目指して・・・


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