29 清流

そして、1週間が経った。

   6月13日

 今日は最後の日だ。そう、相武電鉄出向期間の。浅間森電車区で最後の点呼を終えると、後から翔歌が声を掛けた。
「ね、仕事終わったら"お別れパーティー"やるから楓里先輩の家まで来て。」
「"お別れパーティー"?」
「うん…。"ご苦労様パーティー"、かな?」
翔歌はそう言い残すと、自分の持ち場へと足早に駆け出していった。

 「それではこれから、戸部 雄大さんの"ご苦労様パーティー"を開催しまーす!」
ドアを開けた途端、翔歌がそう宣言すると、楓里と一緒に小さなクラッカーを鳴らした。
「…これは?」
部屋の灯りが点くと、決して豪勢とは言い難いがお菓子やらジュースやらが小さなテーブルの上に用意されていた。
「私が近所のスーパーで買ってきました。つまらない物ばかりですが私たちの気持ちです。」
楓里がテーブルを見回しながら説明すると、俺に着席を促した。そんな気持ちだけでも十分嬉しかった。

 "ご苦労様パーティー"も終盤に近づいてきた。
「じゃあ、歌っちゃおうかなぁー。」
盛り上がった雰囲気の中で翔歌が言うと、すっくと立ち上がり言った。
「それではボク、葉山 翔歌が戸部さんに贈る曲。谷上 ゆりあの"PASSENGER"です!」


   I will be waiting here for you
   I'll be here if you come here
   We promised that our love is forever at someday
   I will be waiting here for you
   I will love you if you love me
   So you will be my desired passenger

   青い空の下 両手を広げ
   感じる息吹は 新たな季節
   君を抱いていたい この空の下で
   出逢えた奇跡に "ありがとう"
   
   どんなに遠く 離れても
   君を何よりも求めるだろう
   例え君に 忘れ去られても
   君を誰よりも愛すだろう

   明日へ続く 線路の彼方には
   何があるのか未だ 分からないけど
   幸せ探しに 歩もう that one way
   君と歩む道 踏みしめて


   瞬く街並み 駆け抜けてゆく
   新しい出会いに 夢を重ねて
   君の夢抱き 旅を続けよう
   遥かなレールを 何処までも

   どんな悲しみが 在ろうとも
   離しはしないさ いつまでも
   例え全てを 拒まれても
   君と生きる未来 信じよう

   僕のそばに いつも居てくれないか
   愛してるの続き 探しに行こう
   光と風と 守りたい笑顔は
   君と僕との PASSENGER
 
   君と出逢った あの日あの時から
   僕の心ずっと揺れ動いてる
   I will be waiting here for you  I'll be here if you come here
   あの日の約束 果たしに行くから

   明日へ続く 線路の彼方には
   何があるのか未だ 分からないけど
   幸せ探しに 歩もう that one way
   君と歩む道 踏みしめて―



 その歌は、あのオルゴールの曲。実結と行った喫茶店で流れていたあの曲だった。
「この歌は?」
俺は尋ねると、翔歌は答えた。
「谷上 ゆりあの歌手デビュー曲、"PASENGER"ですよ。知らないんですか?92年の4月…28日だったかな?にリリースされて大ヒットしたんですよ。ボクが中学生だった時で、それ以来ボクの心の支えになっている歌です。」
俺は思わずもう一度尋ねた。
「谷上 ゆりあ?」
「やっぱり皆知らないんだなぁ。今ではマイナーになっちゃいましたけど、17年ぐらい前にデビューしたテレビ子役で、15歳の時に歌手デビューして、デビューシングルが"PASSENGER"。ボクも中学生の時から大ファンだったんですけど、6年ぐらい前に突然姿を消しちゃったんですよ。」
と、翔歌は説明した。
「…谷上、ゆりあ…。」
あの、時々見る訳の解らない夢の"ゆりあ"…なのか?俺の覚えている過去の記憶の"ゆりあ"と関係有るのか?江ノ島とか、オルゴールとか、詩書いてたりした、あの"ゆりあ"か―?

   ―

 「愛香ちゃん!」
「…。」
「あ・い・か・ちゃん!」
「…。」
実結は何度も愛香の名前を呼ぶが、一向に返事は無かった。
「…元気出して、ね?」
「…。」
愛香は、唯もの悲しそうに窓から直ぐ下に見える船だまりをぼんやりと眺めていた。
「そっか…。また、…学校で嫌なことがあったのかな?それとも、テレビの事?」
実結が独り言を呟くと、愛香は小さく頷いた。瞳には、今にもあふれ出しそうな涙を溜めて。
「こんな時、雄大くんだったら何て言うんだろうな…。」
実結は再びそう呟くと、俯きながら考え込んだ。
「きっと、"…そうか。"とか"そんなこと言われても俺は何も言えないだろ?"とか言うのかな?」
小さく言うと、実結はクスクスと思い出したように笑った。

 「そうだ、お歌でも歌おうか。」
暫くして、前にも言ったような弾む口調で愛香に言った。
「歌?」
それは、その時実結が限界まで振り絞って考えた方法だったのかも知れない。とにかく、実結は愛香を元気付けようと必死だった。
「うん。"PASSENGER"って言うの。」
「ぱ、ぱっせ…何?」
「"PASSENGER"。英語で"お客さん"って意味だよ。」


   青い空の下 両手を広げ
   感じる息吹は 新たな季節
   君を抱いていたい この空の下で
   出逢えた奇跡に "ありがとう"
   
   どんなに遠く 離れても
   君を何よりも求めるだろう
   例え君に 忘れ去られても
   君を誰よりも愛すだろう

   明日へ続く 線路の彼方には
   何があるのか未だ 分からないけど
   幸せ探しに 歩もう that one way
   君と歩む道 踏みしめて



 「あ、この歌…オルゴールのだ。」
愛香は、思い出したように呟いた。
「オルゴール?」
「うん。ずっと前、押入れから出てきたオルゴール。」
そう言うと、愛香は押入を指差した。
「それ、誰の?」
実結もつられて押入の方を見る。そして言った。
「この歌ね、私が高校生の時に谷上 ゆりあって人が出した曲なんだよ。私、この娘のファンだったんだけど、いつの間にか居なくなっちゃったなぁ。歌自体は結構有名なんだけどね。」
実結は、たった6年前の事を懐かしむように言った。
「この歌、大好きだった。…たぶん、辛い時、悲しい時、寂しい時、いつもこの歌に励まされてた…。心の支えだった。…この歌が無かったら、たぶん今の私はいなかっただろうな。」
「でも、実結ちゃんでも寂しい時って、あるの?」
愛香は尋ねた。それは、その明るく快活な実結の性格から生じたものなのかも知れない。
「もちろん。…例えば、一番大好きな人が、私の事憶えて無かったり、私が小さい頃から信じてた約束を、その人が大人になってすっかり忘れてたり…。なんてね。」
実結は切なそうに言った。
「その、約束って何?」
「それはね…、」
「ただいま。」
俺がドアを開けると、目に留まったのは愛香に話しかける実結の姿だった。

 「実結、どうして此処に?」

30話 朝の静けさ へ

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