4 瞬く街並み

 「バイト先を探さなくては。」
 どんな倹約しても10万なんかじゃとても生活できたもんじゃない。どこぞのテレビで1ヶ月を万札1枚で生活するといったことをやっているが無論、そんなわけには行かない。ずっとこのことが頭の中でいっぱいになって、その後の授業なんか耳に入らなかった。
 学校の帰りに愛香をつれてバイト先を探しに行こうと、いつもの道で駅まで向かった。
「お兄ちゃんのお仕事?」
「うん。」
「大学はお金もらえないの?」
「そうだよ。」
北品川駅のホームで繰り広げられるこんな会話の声の主は、俺と愛香である。もう日が沈みかけてきたホームで、愛香はこういった。
「あたし、テレビに出てみたい。」
理解するのに数秒を要した。
「?」
「だから、わたし、テレビに出てみたい!」
こんな考えはこのぐらいの子供なら誰にでもあるのかもしれないでも、かなえてあげたい。親もいない少女の夢を、なんとしてでも叶えてあげたかった。まもなくすると電車が来た。愛香の夢と俺のバイト先を探すために800形はぬるりと発車した。

 いろいろ探し回った結果、バイト先は家からすぐ近くの、なんと京急、品川駅のラッシュ時ホーム整理員。俗に言う「押し屋」である。そして、愛香の夢を叶えるところ、つまり、テレビに出るようになれる所。と入ったものの俺には 子供がテレビに出る=児童劇団 という考えしかなかった。しかし、その考えは正しかったようで見に行った児童劇団の担当者がまだ何も言わないうちにいきなり
「ぜひうちに入ってくれ」
といわれたもんだから驚いた。
事実、ここの劇団はたくさんの有名子役を輩出していた。入るときにオーディションか何かやるのかと思いきや、いきなり警察の事情聴取のようにプロフィールなんかを聞かれたあと少し中を見学し、愛香の同意を得て、正式にスカウトされた。劇団の中の様子は、とても子供とは思えないような力の入れようだった。しかし、もう18になる俺から見れば厳しいとは感じなかった。ただ少し、子供離れしている感じだった。未来のスーパースターたちである。
 時刻はすでに22時近くを回っていたので帰ることにした。いつもなら電車に乗ると必ず
「運転士さん!運転士さん!!」
といって一番前の運転台をガラス越しに見ているのに、今日はぐっすり寝てしまった。ゆれる700形4連の中で考えた。あんなに倍率が高そうな児童劇団に一発でスカウトされたこと、愛香自信がテレビに出たいといったこと。やはり本当に誰お目から見ても愛香はかわいいのかもしれない。すやすやと眠る天使の横顔を見た。かわいい。かわいい。抱きしめたいぐらいかわいい。こんなにかわいく生まれてきたのも、テレビに出たいといったのも、一発でスカウトされたのも
すべては運命なのかもしれない。愛香の未来が決められているように言わないでくれ。と、頭の中でもう一人の自分が言っているような気がした。そんなことを考えていて北品川を通り過ぎ、5駅先の大森海岸まで乗り過ごしてしまった。何をやってるんだか・・・。
 
 それから、2日たった日のこと、つまり5月8日。東八ツ山公園、愛香と鮫洲さんの次女、えみりちゃんが砂場やブランコなんかで遊んでいる脇で、俺は鮫洲さんにおとといのことをすべて説明した。
「受け持ちは品川の1番線です。」
「そんなら、あうかもしれないですね。」
「はい。」
 余談だが、えみりちゃんもかなりかわいいと思う。愛香と同じようにテレビにテレビに出てもまったくおかしくないぐらいかわいかった。ちなみに今、1歳6ヶ月である。
「冬は基部取りなんていうように、服の分体積が増えるから気をつけてくださいね。」
「そうなんですか。」
 そうして、若干5月病になりながらも、5月は過ぎていった。

    1995年 6月1日
 今日が初出勤である。少し愛香に遅れを取ったが、あの日のハローワークから約3週間。ついにきる憧れの京急の制服である。べつに、京急の制服がかっこいいとかではなく(でも京急の制服はかなりかっこいい)京急にかかわれる仕事をするのがとても楽しみだった。まだ幼い愛香を劇団の事務所につれて行く。東急池上線大崎広小路駅からすぐのところにあるが、JR五反田駅からでも400mもないので五反田から送っていった。
 そして、品川駅務室。一通り挨拶と説明を済ませ、いよいよ制服を着る。と思いきや帽子と腕章だけだった。紺のスーツを着て来いとのこと。早速実地訓練に移った。
 「普通車、神奈川新町行き、ドアを閉めまーす。」
 ドアの溝の内側までに人が収まるように力をいれて押す。なかなかコツがいるようですぐにはできなかった。ドアの空気音が鳴ると共に手を離す。押し屋が手をはさまれたなんていったら話しにならない。レピーター(ホームの天井にある黄色っぽいライト。前の信号機が開通していることを知らせる。)点灯。駅員がフライキ(赤い旗のこと)をあげる。次の瞬間、1000形のモーターの唸りが耳をついた。短い停車時間、45秒のドラマは終わった。初勤務1番列車は無事出発した。7時28分発、767(運行番号)、普通 新町行き。
 10時まで働いて帰宅した。まだ日がさんさんと照っている中、一人で帰宅するのはなぜかさびしかった。コンビニでペットボトルのお茶を買って何となく家のテレビを見ていた。愛香がいないときは昼食なんて食べなかった。時給800円で今日は3時間働いたので2400円、今までもバイトしていたのだが愛香に出会う前はコンビニの廃棄弁当などを食べていたから支出はほぼゼロ日かかった。これからはそうもいかない。いとしい愛香のために働いて早く大学を卒業しなければ・・・。そんなプレッシャーを感じ、ちゃぶ台の上で勉強を始めた。ニュースのアナウンサーの一本調子な声や、お笑い芸人の繰り出すギャグで笑う民衆の声などが聞こえてくる。
 「不思議な箱だ・・・。」
 愛香がテレビに出るのはいつだろう。そんなことを考えていたら、足音がこちらに向かってきた。


5話 夏色の時間 へ

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