6 古いオルゴール

 海の香りと共に、日差しが差してきた。5時38分。俺と愛香の服を入れた押入れの中を寝ぼけ気味で探す。
「!?」
 何か硬いものがある。おもむろにその物体を右手でつかんで取り出してみる。少し重たくタバコの箱ぐらいの大きさの機械のようなものでぜんまいのようなものがついている。それには文字が記してあった。「P......S............R」という文字が彫られているのはわかったがあとは読めなかった。そしてその下にネームペンのようなもので「...京.........川......新...1.................................上ゆ..................」という文字が見えた。
「?」
 こんなものは記憶になかった。ぜんまいのようなものをまわしてみると、
「♪〜(BGMの曲ではありません)」
 曲が流れた。なぜか懐かしくどこかで聴いた曲だ。すると、なぜか涙が出てきた。なぜ?とりあえず涙をふき取るとしばらくしたら愛香が起きた。
「これ、愛香の?」
 と聞いてみると
「ううん、ちがう。」
 と返してきた。その物体は良く見るとオルゴールだった。古ぼけた感じだがなぜか懐かしかった。でも何でだろう。昔のことは一切思い出せないのに。何で懐かしいんだろう。

 「♪〜」
 仕事中にも、自然と口ずさんでしまった。京急の品川駅1番線ホーム。今日は朝から雨だったので傘を持っている人がほとんどで傘の忘れ物が非常に多い。それでかさばるため俺達「押し屋」にとっては厄介な存在である。
「普通車、新逗子行き、まもなく発車です。ドア閉めます。」
 駅員のアナウンスがタイミングを知らせてくれる。今日はかなり人が多いように感じた。特に何もない日だと思うのだが・・・。
 そして今日も、無事に仕事を終わらせることができた。
 
 「あっ、おにーちゃんだー。
愛香の幼声が疲れた俺を迎え入れてくれた。今日は誰にも預けずに駅務室で面倒を見てもらった。抱きかかえるとすぐ
「今日ね、わたしにね、運転士さんが赤い電車のカードくれたんだよ!」
 すっごくうれしそうだった。愛香が手に持っているのはルトランカード(イオカードの京急版。改札機に通す方式の乗車券)の使用済みのやつだった。「京急車両シリーズT 600形」まだ真新しい最新の600形のカードだった。
「わたしも運転士さんになってみんなにカードあげる!」
 と愛香が言うとすまなさそうに
「私、運転士じゃなくて駅務掛(駅員のこと)なんですけど…。」
 愛香にとって鉄道の制服を着ている人はみんな「運転士」のようだ。
「すいません」
 といいながら愛香を抱きかかえると
「お兄ちゃん何か悪いことしたの?」
「ん、何もしてないよ。」
 本当に子供澄んでいると思う。

 「今日は赤い電車最後まで乗ろうよ!」
 と愛香は言った。つまり、京急の終点、三崎口まで行こうというのである。
「行こうか。」
 といってまずいったん改札をでる。そして三崎口までの切符を買って編成の一番前の席に座った。
「今度の 1番線の電車は 8両編成 快特 京急久里浜行きです。 3ツドアで参ります。」
 前々から思っていたのだが京急の自動放送の女声はかなりかわいい声だと思う。
「ヒューン ヒューン ヒューン」
この独特の音はVVVFインバーター(直流電機を交流電気に変える装置)の音だ。その音と共に600形は滑り込んできた。
「あっ、カードと同じ電車。」
 とっさに愛香はさっきもらったルトランカードをポケットから取り出した。
「快特、京急久里浜行きドア閉めまーす。左右すいているドアを見てご乗車ください。」
 ドアが閉まった。そしてすぐに
「出発、進行!快特!発車定時!快特!次、川崎停車!制限25!」
 京急は確認の厳しさ、かっこよさでも有名である。その運転士の声を聞いて
「かっこいいー!」
 と愛香がささやいた。思わず
「俺とどっちがかっこいい?」
 と聞いてしまった。すると、
「お兄ちゃん!」
 なぜか少し安心した。電車はゆっくりと発車し、しばらく自転車ぐらいのスピードで八ツ山橋を越える。
「制限、解除!」
 の声と共に電車は加速。110km/hのスピードで飛ばして行く。
「速ーい!わぁ!すごいすごい。車抜かしてるよ!」
 愛香はとてもうれしそうだった。電車は順調に北品川、新馬場、青物横丁、鮫洲、立会川を過ぎていった。脇を走る第一京浜の車をビュンびゅン抜かしていく姿に、愛香は心を奪われて口をあけながら窓の外を見ていた。驚いている姿がとてもかわいかったのでつい頬っぺたを人差し指で押したり鼻をつまんだりして、たびたび愛香に引っかかれながらも俺たちを乗せた600形は走っていった。
 
 18時17分、三崎口は楽しかった。
「朝見つけたやつ、何だったの?」
 愛香は聞く。いつものちゃぶ台の上に朝のオルゴールを出し、ぜんまいを巻いた。
「♪〜」
 しばらく二人で聞きほれていたがそのうち愛香が
「この歌、なんかきいたことあるかな。これ好き。」
 愛香も気に入ったようだ。 「P......S............R」とは何か、最後に書かれていた「.............上ゆ.......................」とは何なのか、さっぱりわからなかった。

 「だーいぴょん!」
「ん?」
「これ、あげる。もしつらいときや悲しいときがあったら聞いてみて。」
「ありがとう。」
「私はだいぴょんのことずっとずっと愛してるから・・・。」

  またか??? どういうことだ?

 結局、何がなんだかわからないまま、愛香とのはじめての夏は過ぎていった。 


第7話 秋桜 へ

鉄道長編小説「赤い電車に乗って」TOPへ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送