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あさかぜ -Blue Train-
俺と君は、いつもの様に体を寄せ合って寝台に入った。
いつもなら、二人で朝まで話したり、車窓を眺めたりしていた。
俺は、今日も変わらぬ表情で君に微笑んで見せた。
旅立ちの日に、君の涙を見たくないから―
そんな俺の胸の内を、きっと君は読み取っていただろう。
何も知らないふりをして笑顔で振舞ったつもりなのに、何故か君は解っていた。
俺の不安を・・・別れの不安を・・・
「只今より、車内の照明を落とさせていただきます。尚、この放送を持ちまして本日の放送を終了させていただきます。翌朝の放送は、三原通過後です。」
車掌のアナウンスが終わると、ふうっと照明が暗くなった。
君は、他の乗客に迷惑にならないように、声を潜めてこう言った。
「眠れないの?」
「・・・ああ。」
「・・・私も。」
2人見つめ合った後、君は思い立ったように言った。
「ね、ラウンジカー行かない?」
ほんの少し煙草臭いラウンジカーには深夜だけあって誰も乗っていなかった。
君はソファにゆったりと腰掛けると、窓の外を眺め始めた。
俺は一瞬、「これで最後だな。」と、言いそうになった。
でも、お別れの日に、悲しい話なんかしたくない。そう思った俺の心が、それに制動をかけた。
君は言った。
「今日で、"あさかぜ"乗るの何回目かな?」
「・・・2ヶ月に1回ぐらいは乗ってるよな。」
新幹線で、東京発の始発に乗るより下関に早く着くこの列車、君のお気に入りの"あさかぜ"は、西に用事があるたびに利用していた。
「そっか・・・。」
君は寂しそうに、切なそうに言った。暫くすると、君は何年もの前の俺たちを想い描いていた。
「よく、眠れない夜はラウンジカーでお喋りしてたよね。」
「ああ。」
「"あさかぜ"に乗っているとさ、お母さんに抱っこされてるみたいで落ち着くんだ。優しい気持ちになれるんだ。」
「・・・そうか。」
「私も・・・そんな人になりたいな・・・。」
君は、その後の言葉が無くなった。
「中野くん。」
改めて君は俺の名を呼びなおすと、自分の最期を悟ったかのような語り草で口を開いた。
「・・・きっと、これからも、辛いことや悲しいこと、沢山あるんだろうな。」
「・・・そうだな。」
「でも・・・でも、私の事忘れても、自分の信じたもの、夢見たもの、きっと・・・忘れないでね・・・。」
言葉を言い終わるまでに、君の瞳から一筋の滴がこぼれ落ちていた。街灯りに、その滴が照らし出され、幾多の色を煌かせた。
君は、最後にこう言った。
―愛してる。いつまでも―
青い列車は、一路下関へと夜の闇を駆け抜けていった。
「下関〜。下関〜。ご乗車お疲れ様でした。」
折戸式のドアが開くと、デッキの中に居た俺達を包み込むように、磯風が吹き付けた。
「お別れ・・・だな。」
"あさかぜ"を降りた乗客も疎らになっていく。君は、連絡する小倉行の電車に乗らず俺を見つめたままだった。
「また、逢えるよね・・・。」
「・・・きっと。」
何も言わずに、俺は君を抱きしめた。君は俺を抱きしめた。切なくて、寂しくて、愛しくて・・・。
発車のベルが鳴る。君は、小倉行の電車に駆けていった。
2人の胸に、青い列車の記憶を乗せて―
本当は、廃止する前に完成させたかったのですが・・・。読んでいるとこっちが恥ずかしくなる・・・。二人の関係や彼女がなぜ西へ向かったのかはご想像にお任せします。 ところで、"あさかぜ"連絡の「小倉行き」って、実在したんですかね・・・。 (05/03/17 京急蒲田)
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