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赤い電車に乗って―笹蒲線 Story ―




   平成17年4月21日

 今日も何事もなく乗務を終えた俺は退区点呼のとき館山さんから一通の手紙を手渡された。「笹蒲線(仮称)建設計画に関する聴聞会へのご招待」とある。京急に入社以来、こんな計画は聞いたこともなく、戴いたときに館山さんに尋ねてみたが「私もよくわからない」とのことだった。仕方なく家に帰ったあとに読むことにし、その日はまっすぐに家に帰った。
 今日は実結も乗務があり、まだ帰宅していなかった。がらんとした部屋で俺はその手紙の封を切った。

「拝啓
三寒四温の時柄、新芽も青く過ごしやすくなって参りました。馬堀様におかれましては益々のご健勝お慶び申し上げます。さて、当社では政府のご指導に基づきまして「笹蒲線」(仮称)の建設計画を検討しています。つきましては現場の状況にお詳しい馬堀様を含めまして有識者や当社員、沿線住民の方などからのご意見を集約し、今後の計画に役立てたいと存じ、聴聞会を開催いたしますのでご案内いたします。


開催日時:2005年5月3日(火・祝) 13:00
開催会場:京浜急行電鉄(株)本社1F 大会議場(最寄:京急・都営浅草線 泉岳寺駅より直結)

お時間がございましたら是非ご参加くださいますようお願い申し上げます。
敬具
京浜急行電鉄(株) 運輸部新規事業課笹蒲線係 若林 啓吾」

 奇妙な文面だった。笹蒲線というのはどうやら新線らしいが、経路や始発駅すらも書かれていない。まったく冗談のような手紙であった。しかし京急の社印はきちんと捺されているし、館山さんの手を渡ってきたのだから本物であろう。しかも5月3日はまるで俺の日程に合わせたかのように乗務のない完全な空き日であった。どうせ暇だし、と出席することに決めた。
 それで、「笹蒲線」とやらはどこを通るのだろう。「蒲」は当然「京急蒲田」であろう。問題は「笹」である。名前を聞いた瞬間「笹蒲鉾」を思い浮かべてしまい、仙台が頭から離れない。まさか東北まで京急が行くわけもあるまいし・・・

 「お兄ちゃん!ただ今っ!」
と、今日も溌剌と生きる少女が帰ってきた。
「お帰り」
「お兄ちゃん。これが郵便受けの中に入ってた。」
きょうはよく手紙をもらう日だな、と思いながら受け取った。しかし開封済である。宛名を見ると「馬堀愛香様」となっているから自分で読んだのだろう。愛香を見ると、なぜかにやけている。「早く読んで」と目が言っている。中を見ると、
 「・・・新国立劇場で・・・芝居・・・?」
いくら俺でも、国立劇場で芝居ができることがどれほど重要かぐらいは知っている。近々大きな仕事が入るかもしれない、ということは事務所の幹部から聞いていたが、まさかここまでとは・・・
「愛香!」
「お兄ちゃん!」
俺は久々に大きな仕事に恵まれた天才子役を抱きしめた。

 この手紙にはアクセスが書いてあった。恥かしながら新国立劇場が初台にあるとは知らなかった。と、その左には小さく「笹塚」と書いてある。「笹」塚?そう
いえば大学の近くにそんな駅もあったな・・・本棚から地図を取り出し、笹塚を開く。笹塚は京王線の新宿と明大前の間にある駅で、都営新宿線に直通する京王新線(事実は京王線の複々線区間)が分かれている。その隣には「環状7号線」という都道が見えた。これを指でたどり、南下してゆくと京急本線にたどり着いた。

―そうか・・・平和島か・・・

 つまり、京急は日本橋方面だけでなく、新宿にも乗り入れようという魂胆なのだろう。場合によっては市谷も狙っているのかもしれない。これは、思っていたよりはるかに巨大な計画であるようだった。


   平成17年4月22日

 翌日、2日連続で乗務があり、しかも文庫ですでに助役への昇進が決まっている勝島さんと交代する列車があった。せっかくなので勝島さんにも訊いてみた。
「そういえば、笹蒲線計画ってご存知ですか?」
すると、勝島さんは予想外の反応を見せた。
「なんでお前ぇが知ってるんだ?」
聞くと、勝島さんも昨日、同じ手紙を受け取ったという。
「俺も京急に入って25年になるが、こんな奇妙奇天烈な招待状は初めてだ。」
と笑った。しかし目の奥にはかすかに、しかし間違いなくおびえの色があった。「京急で知らねぇことはねぇ」と豪語する勝島さんの、未知への恐怖だろうか。そんなことを思う間もなく、出発信号機が青く灯った。
「じゃあ、そろそろ出発なんで。」
「おう。しっかり頼むぜ。」
「圧力よし!圧力よし!圧力よし!緩解よし!EB点灯、圧力よし!緩解よし!」
「歓呼はしっかりしてるな。頑張れよ。」
「ありがとうございます。」
ドアが閉まり、勝島さんが歩きだした。
「出発進行、快特!ATSよし!発車、定時!快特!次、上大岡停車!」

 「そうですか・・・馬堀くんもか・・・」
品川の留置線の先にある新町区品川出張所で、そういうと亀戸さんは懐から手紙を出しこちらに突き出した。俺は驚いた。まさか亀戸さんまで呼ばれているとは思いもしなかったからだ。
「・・・俺も、とは?」
「昨日富浦さんと勝島さんと一緒にこれを受け取ったんだよ。」
これで区長・助役・運転士・車掌が呼ばれたことになる。となると・・・
「五反田さん?」
「ん?」
「笹蒲線ってご存知ですか?」
「なんですかそれは?」
駅員は呼ばれないのか・・・
「そういえば鮫洲さんにも同じことを聞かれましたねぇ・・・」
間違いない。京急の全役職から一人ずつ呼ばれているのだ。
「いえ、なんでもないです。」
何故だか分からないが、このことは他人には伏せておいたほうがよいような気がした。品川の空港線広告のネオンが、俺を責めているような気がした。


  平成17年4月23日

今日は休みだった。笹蒲線はもはや夢に出てくるほど気になるものだった。せっかく休みなのだ。もう少し調べてみよう。北品川から京急・都営を経由し、三田線の大手町から東京メトロと改めた地下鉄半蔵門線を使って永田町にある国立国会図書館に向かった。ちなみに実結は仕事だった。調べるのは「政府のご指導に基づき・・・」というくだりが本当かどうか、本当ならばどの辺まで詳しく検討されているのかということだ。
「国土交通省鉄道局運輸政策審議会答申第18号」
これが最も最近発表されている政府が計画・推奨する鉄道事業の全容である。もちろん、当社で行っている京急蒲田周辺の高架化事業や大師線の立体交差計画、川崎市営鉄道の全容も掲載されている。
 つくばエクスプレスは、もう開業が8月にまで迫っている。過去に答申されたとき、本当に出来るのかななどと疑問を抱いたが、国が関われば時間はかかっても完成するのだ。
 成田アクセス鉄道など興味深い内容もあったが、京急をたどるうちに、京急蒲田周辺にも高架化以外の事業があることに気づいた。

―蒲蒲線。

 これによると現在、やはり新宿や渋谷・池袋といった都北西部から羽田空港へのアクセスが見直されており、現在建設中の営団・・・違った、東京メトロ13号線から東急東横線・多摩川線を経由し、多線矢口渡駅付近から分岐して京急蒲田・大鳥居へ連絡線を作ろうという計画が具体化されつつあるらしい。つまり埼玉方面からのアクセスも改善しようという、一石二鳥、いや三鳥の計画だ。しかしこの計画の実現には東急と西武・東武の車両編成の違い、多摩川線の規格向上、さらに事業完成時は品川―京急蒲田間の収入が大幅に減少することに対する京急への補償など、解決せねばならない問題が山以上にある。さらにこのわずかな区間、蒲田―京急蒲田間を建設するのに・・・
「安くても800億?」
まったく国には金があるもんだ。バカらしくなって笹蒲線を探すことに専念する。しかし、予想に反して笹蒲線は事業確定はもちろんB線、すなわち「今後整備について検討すべき路線」にも指定されていなかった。

 ・・・どういうことだ?

 京王線の調布までの複々線など、必要ないと思われるものまで指定されているのに。東急って、やたら地下鉄に乗り入れているんだなぁ。。。


?・・・・・・そうか!

俺はやっと全てを理解した。



   ―続く


この作品は当駅サイトマガジン併用ブログ「駅報BLOG!」通算100号記念にヨッシー様より頂いた作品です。
この作品の著作権は全てヨッシー様に帰属します。

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