1 夢の中のユメ

(ここは・・・?)
 靄に包まれたホームの上、戸部 雄大は一人佇んでいた。
 ふと見上げると、そこにはぼんやりとした光を照らす駅名標が。
(北品川か・・・。)
 思えば、白く霞んだその風景に見覚えがあるような気がする。
(それにしても、俺はどこへ?)
 気付くと左手に何かを掴んでいる。
(京急の制帽?)
 と、靄が急に引いてゆく。
 彼の目の前に現れたのは、赤い車体に白いラインの京急1000系電車。
(そうだ・・・。)
 持っていた制帽をゆっくりと被る。
(これから、俺はこの電車に乗務するんだった。)
 右肩から下げたカバンに重みを感じつつ、乗務員室のドアに手を掛ける。
(そういえば、この電車はどこへ行くんだろう?)
 一旦伸ばした手をとめ、正面の行先表示を確認をしようとした時、
「雄大くん。」
 自分の名を呼ぶ聞き覚えの無い、しかし懐かしい声。
 声のほうを見ると一人の少女が立っている。
「雄大くん。」
 その表情は、影が差してよく分からない。
「ゆりあ・・・?」
 彼の口からは、その見たことのないはずの少女の名が洩れた。
「雄大くん、やったね。」
 彼女が微笑ったような気がした。
「とうとう、う・・・。」
「えっ?」
 雄大は、消え入りそうな声に思わず問い返す。
「おにいちゃん、電車の運転士さんなんだ!」
 それはいつも傍にある聞き慣れた元気な声だった。

(ここは?)
 雄大は、一瞬自分が何処にいるのか分からなかった。
「あっ!おにいちゃん、起きた?」
 隣の座席で満面の笑みをうがべ見上げる少女。
 彼女の名は馬堀愛香。この5歳になる彼女と暮らすようになって、もう3年が経つ。
 ふと前を見ると、見慣れた風景が流れてゆくのが早まるのが分かる。
(ああ、そうだ・・・。)
 愛香が突然、海が見たいと言い出して、行き先も選ばす乗り込んだ京急電車。京急であれば、どの電車に乗っても海へとたどり着く。
(そういえば・・・。)
 雄大と愛香が出会ったのも、今日、電車に飛び乗った京急品川駅のホームだった。
 その出会い、人ごみに紛れていた少女が特別、鮮明に見えたあの光景は今でも思い出すことが出来る。
 あれから、雄大にとって彼女は特別な存在となった。
 彼には、この数年間の記憶しかない。それ以前で覚えていることといえば、本当に限られたこと。
 今見ていた夢のように、ときどき封印をやぶり過去がこぼれることがあるものの、それが引き金となって記憶が戻ることはなかった。
 記憶を失い目が覚めた時に傍にいた、身内だと名乗る他人。その人がもたらすやさしさに慣れることが出来ず、一人アパートを借りて暮らすことを選んだ雄大。
 そんな彼を変えてくれたのが、くりくりとした目でじっと自分の顔を見つめている彼女だった。

『お待たせいたしました。急行の新逗子行きです。次は金沢文庫です。金沢文庫の次は、金沢八景に止まります。』
 今になって、やっと自分たちの行先を知った。
 どうも自分は電車の座席に座った途端、眠り込んでしまったらしい。
(新逗子だと、海まですこしあるなぁ・・・。そういえば、同じアパートの五反田さんが新逗子駅の駅務掛だし、会えたら、どこかよい場所を教えてもらえるかもしれない。)
 などと雄大が考えていると、愛香がその袖をクイクイッ引っ張り明るく言った。
「ねえねえ!おにいちゃん、この人も電車の運転手さんなんだって!」

第2話 急行新逗子行きにて へ

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